たびたび、子宮の異変の検査結果のお話。
これまでのおさらい。
【第1段階】
人間ドッグの子宮がん検診でひっかかる。
LSIL(クラス3a)との診断。
精密検査(コルポスコピー)を受けるように言われる。
↓
【第2段階】
大学病院へ。一度目のコルポスコピー&生検(痛い)。
「癌」ではない、と言われる。
しばし様子見。3カ月後、改めてコルポスコピー&生検(もっと深く取ると言われ白目)。
↓
【第3段階】
3カ月後、担当医の体調不良により代わりの医師による診察。
二度目のコルポスコピー中止(違う人が見ても比べられないし的なお話)。
改めて一般的な子宮がん検診と同じように細胞を採取し、2週間後結果が出ると言われる。
という状況でした。
で、【第4段階】。
2週間後、改めて病院へ。
結果、HSIL(中等度異形成)と言われた。
改めて「癌」ではないと言われるも、
「やっぱりコルポスコピーしましょう」と言われる。
で、腫瘍の専門の先生もいる曜日にします、と言われ曜日を限定された。
前は曜日限定されなかったんだけど…。
そんな急に言われましても仕事が入っているんだけど…。
結果、再検査は1カ月後にすることになった。
もう言われるままにするしかないのはわかってるんだけどさ…。
でも何だかモヤモヤするんだよなぁ…。
3か月経って再検査って言われてて、それが中止になって
別の検査して2週間経って、やっぱり再検査が必要って言われて
なおかつ1カ月後ってさ、なんか無駄に時間だけが経過した気がしません?
第1段階に戻された。
これで次回また担当の医師が休みで代診とかだったらどうしてくれよう…。
今すぐ何かしなくちゃいけないというのは何もないし
必要だから病院に行ったのは間違いないはずなのに、ものすごい徒労感だった。
また、その日に限って産科に来ている妊婦さんたちがたくさん目について
それも相まって心がざらざらした1日になってしまった。
病院からの帰り道はとても太陽が高く暑く、頭がくらくらした。
肩こりがひどい気がする。
もう少し運動したりしたほうがいいかなと感じる今日この頃。
以前、日記にも書いたが、6月になり子宮の検査と胃の検査で病院に行ってきた。
子宮に関してだがコルポスコピーという患部を拡大して診て、
なおかつ細胞もとって検査するという非常に愉快ではない検査を以前受けて、
「3カ月後にもう一回やりましょう。そして今回より深めに細胞を取りましょう」
と言われており、検査の数日前から前回の痛さを思い出して
恐怖におののいていたのだが、肩透かしを食らった。
今回はコルポスコピーは行わず、普通の子宮がん検診と同じような感じで細胞を取って
2週間後に再び結果を聞きに行く、ということになった。
なぜかというと、前回担当してくれた医師が今回急きょお休みで
「コルポスコピーは前回見た人が見比べてどうか判断するというところもあるので…」
と代わりの先生から「俺が見てもしょうがない」的なニュアンスのことを言われたのだった。
痛くないのはありがたいんだけど、体的にはどうなんだろうなぁ…。
しかし、見比べられないっていう人に今見てもらっても確かに意味ないし、
何度も受けるには痛いしなぁ…と、今回は納得するしかなかった。
そんな訳で子宮の異変については先送り。
胃に関しては、結論から言えば、ピロリ菌除菌が成功していた。
数日前から胃が痛いこともあったりして
「除菌失敗したのかなぁ」と不安にもなったりしていたが杞憂に終わった。
これで胃の病気にかかる可能性は格段に低くなったはずなのだが、
先生からは
「ピロリ菌を持っていなかった人に比べれば持っていた人の方が病気にはなりやすい」
とあまり嬉しくない一言と一年に一度程度の胃カメラ検診を勧められた。
これは致し方ない。
心配の種、二つのうち一つが解決したのは喜ばしいが、
どっちかというと解決していないほう(子宮)のほうが気が重い。
どっちが深刻って比べられるものでもないのだけど、なんでだろう?
子宮や卵巣は、フル活用してあげることはできなかったけれども
不妊治療中はものすごく頑張った臓器だと思うと、
これからの長い人生、なんとか私の体内で健康で過ごしていってもらいたいところだ。
健康だけは、ほんと、大事。
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拍手コメントお礼
5月30日にコメントくださったももんが様。
返信が遅くなり申し訳ありません。
共感していただけてありがとうございます。
日々、相変わらず「もやっ」とすることも多々ありますが、
なるべくその「もやっ」が心に長く滞在しないよう楽しい毎日を送りたいものですね。
年上の方で、知り合いと言うよりは大先輩というお相手だ。
結婚式にも参列していただいた。
話のながれで「あれ?二人はお子さんは?」と聞かれた。
夫は「まだいないんです」と言った。
「そっかー。まぁ、これからだよねぇ」みたいなことを仰られてその話は終わった。
「まだ」
この言葉ひとつで感じが変わる。
「ほしいんですけど、できないんですよ」的なニュアンスが含まれるかも。
将来的に「できるかも」という期待感もあるのだろうか。
私も夫も今でも子供はほしい。
でももう不妊治療はしていない。
する予定もない。
妊活らしい妊活も、何もしてない。
私たちは原因不明不妊。
最初のクリニックで私の卵管造影検査をしたが問題なし。
夫の精子検査も最初のクリニックでも、2件目のクリニックでも問題なし。
体外受精における採卵だって、毎回必ず1個は取れていたので無排卵…ということもない。
妊娠できる可能性は、閉経するその日まで、多少はある…と思われる。
もちろん、その可能性というのは、年齢的にどんどん少なくなっていく。
妊娠できる可能性も、妊娠できたとしても出産まで行きつく可能性も、
そして出産できたとしても健康な赤ちゃんである可能性も、下降線だ。
でも、0.00000…0001%くらいの少ない可能性でも、ゼロではないのだ。
その限りなくゼロに近いかもしれない可能性に、振り回されて生きている。
生理が遅れたら「もしかしてもしかするかも」ってちょっと思って
生理が来たら「そりゃ、やっぱり来るよね」って思って、ちょっと笑う。
妊活中は生理が来たら涙を流すこともあったけど、さすがにもう泣かない。
期待した自分に、ちょっと呆れてしまって、笑ってしまう。
閉経する日まで、その繰り返しになるんだろうな。
この先、夫が同じような質問を受けて
「子供はいないんです」と「まだ」を言わなくなる日が来たら、
私は少しさびしく思うかもしれない。
可能性を信じなくなったのね、と。
その時こそ心の底から本当に子供を諦められるかもしれない。
ブログを開設する少し前に、かなり心が荒んでいた時期があった。
荒む…というと言い過ぎかもしれないけど、なんとも心がザワザワする出来事があった。
少し時が経った今となっては何をあんなに…と思う位のことなんだが…。
今、アルバイトをしているが、そのアルバイト先の近くで
学生時代に付き合っていた彼氏にとてもそっくりな人を見かけた。
思わず目が釘付けになったが、向こうはこちらを見ることもなく
ほんの数メートル先を自転車で走り去っていった。
これだけだったら心が荒むことはないのだけれど。
乗っていた自転車。
これが問題だった。
後ろにお子様を乗っけられる自転車だった。
お子様は乗ってなかったけど。
その彼氏とは私が色々至らなかった点が多く別れてしまったが
もう10年は会ってないし、連絡先ももうわからないし、
未練とかもなく、思い出して感傷にひたるなんてこともほとんどなかったのに
突然現れたその彼氏(のそっくりさんの可能性もある)に大変心が揺さぶられた。
お子様を乗っけられる自転車…ということは保育園とか幼稚園くらいの子供がいて、
ということは、奥さんがいて、5年位前には結婚しているのかな、
そんで、昔住んでいた土地とか彼の実家がある方とは全く別の土地で
お子様を乗っけられる自転車をこいでいるということはこの辺におうちがあって
彼は某交通機関で仕事をしていたから安定しているだろうから
きっとこのあたりの分譲マンションとかを買って親子で住んでいるのかな…
と色々と元彼の幸せ家族妄想が捗ってしまって仕方ない。
私にも夫がいて、暖かいおうちがあって、毎日楽しく過ごしていたのに、
そんな楽しい私の毎日が一気にグレーに見えるようになってしまった。
子供がいるとかいないとかでどっちが幸せだとか勝ち負けとかじゃないんだけど、
敗北感とか劣等感とかとにかくものすごく負の感情が溢れて大変なことになった。
なおかつ、もっとひどいことには
あのまま彼と付き合い続けていれば20代半ばで結婚という流れになって
若いうちに妊活してすんなり子供を授かることができたかも、とまで考えた。
今思うと本当に恥ずかしいし、バカバカしい。
そう言う問題じゃないのに。
こんなこともちろん夫には言えないし、一人で処理するしかなかった。
それからいくらか時間が経って、妄想は捗らなくなったし、
私も毎日夫と楽しく過ごして、家の中はグレーではなくなった。
でも、「子供」という存在を強く意識する出来事が、
私の心の中をかき乱す引き金になり得るということはつくづく実感させられたのだった。
本当に疲れた数日間だった。
そうやって心をかき乱されたことはとても苦しかったけれども
それを経て、少し自分が変わることはできたんじゃないかなぁと思っている。
万が一、またそういった人に出会った時にしかめ面の不細工顔はあまりにイケてないので
口角を上げて、姿勢をのばし、ニコニコを心がけて生活するようになった。
そうすると顔につられて、心もなんだか晴れやかになったように思うのだ。
今回のようなことだけじゃなく、何か嫌なことがあっても
なるべく笑顔を絶やさずに、マイナスな感情をコントロールできるようになりたい。
基本的にはネガティブな自分だけど、
ほんの少~しポジティブ寄りに変わることができたと思いたい。
これからまだ長い人生、穏やかな気持ちで生きていきたい。
夫には特に最高の笑顔を見せられるように心がけよう。
昨年、治療をやめてから決めていたことは
「人間ドッグに行こう」
ということだった。
本当だったら会社の健康診断の一環で人間ドッグも行かれるはずだったが
治療に専念するために会社をやめてしまったので受け損ねてしまったのだ。
それで、今年の最初に人間ドッグを受けることにした。
女性特有の病気も調べられるレディースドッグに行った。
自分では「どうせなんもないだろうけど」という軽い気持ちだったが、
それはちょっと甘かったようだ。
眼
胃
子宮
上記の項目で再検査になってしまった。
眼科については再検査もあっさり終わって、
「今後も一年に一度は検査されるといいですねー」てな感じだったが、
問題は胃と子宮。
胃は胃がんの原因になるピロリ菌がいて胃が委縮している、という状況。
ピロリ菌除菌のために服薬し、来月にまた検査予定。
子宮はコルポスコピーという検査が必要で、2か月くらい前に検査したが
結果はグレーというかなんというか、今すぐ何かしなきゃっていうレベルではなくて
「また3カ月後位にもう一度、同じ検査をしましょう」
ということで来月また検査予定となっている。
どちらも放っておいたら「死」というものを意識せざるを得ない。
それで思ったのは
「去年、治療が成功して妊娠していたとしたらどうなっていたかな」
ということ。
妊娠中だったら除菌の服薬はできなかっただろうし、
子宮頸がんの可能性を残したままの妊娠継続は考えるだけでも恐ろしい…。
私が妊娠できなかったのは、
自分のこういう体の状況があったからなのではないかと思ってしまう。
妊娠できなかった理由は、これなのではないか、と。
私はそこでかつてテレビで見たプロジェリアという病にかかった少女の言葉を思い出した。
「プロジェリアでなければいいのになんて思わない。
私は私という人間であることが幸せだし、
神様が私をこうお創りになったのには、きっと理由があるはずだもの」
プロジェリアは通常の人よりも10倍くらいの速さで老いていく病気だ。
その過酷な運命にも前向きに生きた少女の言葉に勇気づけられる。
彼女の病と私、その事態の重さも信仰心とかも全く違うから
(私は特定の宗教は持っておりません)
その言葉に自己投影してしまうのは違うかもしれないがご容赦願いたい。
これからもしかしたら大きな病が私に見つかってしまう可能性もゼロではない。
もしくは、病の問題もクリアーされて奇跡の自然妊娠っていう流れも
可能性としてはゼロではないかもしれない(単なる期待だけど)。
どうあれ、その状況には何か理由があるはずだからと
その時の幸せを認めて、前向きに生きていかれたらいいな、と思う。
でもとりあえず、来月の検査で何事もありませんように…。
夫:4つ上
住居:東京都
