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積極的な不妊治療を辞めた後の心の整理。
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昨日の続きのような内容で。

今朝、夫経由でまたもや知り合いの妊娠報告。

今の自分の精神状態では「正直聞きたくなかったなぁ」が本音である。
いずれは知ることになるのかもしれないけど、気持ちが落ちている時に追い打ちをかけたくはなかった。
めでたいねぇ、と口に出して言ったのは本当の気持ちではあるけれど、
改めて「なんでうちには赤ちゃんが来なかったのかねぇ」と心の中で思う。
色々とモヤモヤした気持ちや夫自身はそういう報告を受けてどんな思いなのか知りたくて
夫に話をぶつけてみようかとも思ったが
これから仕事にいくのに涙腺が決壊しそうな気がしたからグッと飲み込んだ。

子供が欲しかったけどできなかった、そして今でも欲しいという気持ちは消えてないというのは
私の心にある影というか、傷のようなもので、
それはまだ生々しく横たわり、かさぶたになろうとする気配が見えない。
もしくは、かさぶたになりかけた所を自分でかきむしってしまっているのかもしれない。
自問自答したって、答えは出ないし、欲しい結果にはならない。

少し前にテレビで、60歳位の女性で、手に職をつけてご活躍されている方を見た。
その方はご自分のお母様と暮らしていて、ご主人は単身赴任で月に1度帰ってくるということらしい。
お子さんはいらっしゃらなくて、
「子供大好きなんで欲しかったんですけど、できなかったんです」
と涙を流された。
お仕事も充実されていて、たまにしか会えないご主人のことが大好きで、天真爛漫な明るい雰囲気の方でも
やはり、そこは涙なしでは語れないのか…、と思った。
ましてや60歳になってまでも…とは自分の将来を見ているかのようだ。
傷はいつまでも生々しいままなのだろう。

自分以外の人々が、それぞれの立場で葛藤をしていない訳がなく、
その葛藤を立場が違うからと心の底から理解できない以上、自分のことを他人に理解してもらおうというのも無理な話なので、
みんながみんな、色々考えて、いつでも心が晴れて前向きな人などいない、と考える。

私は私で、今日もがんばるしかない。

まとまってない文章だが、少しすっきりした。

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春めいてきた。

季節は流れる。
自分は変わらずにいるつもりだけど、
鏡を見ればそれ相応に年を重ねた女性の顔があり、
いつまでも若いつもりでもいられない。
夫もひとつ年をとり、これからも二人で年老いていくのだろう。

友人に二人目の子供が生まれ、また別の友人はもうすぐ出産。

友人たちや赤ちゃんに会いたいけど、会いたくないという相反する気持ちが、今は、少し芽生えている。
「今は」と書いたのは、多分この気持ちは一時的なものだろうと思うからだ。
春の息吹がそこかしこで溢れだし、妙に気持ちをソワソワさせるのだ。

子供がいるいないで、ライフスタイルは全く違う。
話題も違う。
数年前まではみんな子供がいなかったけど、今は私だけ子供がいない。
話についていけない。
会っても楽しくないかもしれない。

そんな思いが湧いてくる。

「みんな」って誰?という話だが、正確には「みんな」は「みんな」ではない。
色んな友人がいる。
子供がいる友人だけではないのだ。
だから、違う「みんな」と会えばいいだけの話なのだが、「みんな」の仲間に入りたかったのに、入れなかった自分が悲しいのだ。

彼女たちには私の気持ちは一生わからないし、私も彼女達が知る子供がいることの喜びや苦労を一生知ることはない。
そんなつもりはなかったのに、彼女達との間には大きくて流れの速い川が横たわっていた。
川を埋めることはもうできないが、小さな橋を渡したり、小舟で行き来したりすることはできるだろうか?

今は、本当に今は、ちょっと気持ちが落ちている。

拍手[4回]

以前働いていた会社でお世話になった方が亡くなって一年経った。

その方は仮にNさんとしておく。
年齢は私よりだいぶ上。亡くなった時は確か60歳だったかと思う。
Nさんはご主人と二人暮らし。
お子さんはいない。
亡くなった時は、親御さんも同居して介護をしていたと聞いた。
お通夜の席でNさんが学生時代に写真部だったことを知った。
Nさんのご主人が
「もう少し落ち着いたら写真をまた始めたいみたいなことを言ってたんだよねぇ」
と仰っていた。
Nさんは脳梗塞で亡くなった。
ご存命であれば、これからご主人と旅行したり
そこで好きな写真を撮ったりして、楽しい余生が待っていたはずだが、
残念なことにそれは叶わなかった。

そのお二人は子供ができなかったのか作らなかったのかは存じ上げないのだが、
私たち夫婦のいくつかある未来の可能性のうちの一つではないかと思う。
どちらかが先に死ねば、当然、どちらかが一人残される。
その一人残される日の訪れるのが、早いのか遅いのか。
いつとも知れぬその日だが、なるべく遅く来てくれるのが望ましい。
一人残されるのも寂しいことだが、一人残して逝くのも心残りがある。
二人で健康で長生きできるのにこしたことはない。

先日、また子宮の検診へ行って来て、検査結果が出るのが二週間後。
中等度異形成がどうなっているのか…。
悪くなっていないことを祈るばかり。

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拍手コメントへのお礼
11月6日にコメントをくださったかえで様
芸能人の妊娠の話題は毎日のように見かけますよね^^;
妊娠するのってこんなに簡単なんだっけ?って錯覚してしまいますね…。
お仕事に関しては難しいところですね…。
私も来年からパートを始めようと思っていますが、人間関係ばっかりは
入ってみないとわからないですから不安でいっぱいです。

11月22日にコメントをくださったえづ様
コメントありがとうございます。
拙いブログですが、お読みくださって重ねてお礼申し上げます。
お辛い心中、お察しいたします。
妊娠して子供を産んでいる友人と、自分とを決定的に分けるものは何なのかと
何度も何度も考えますが、明確な答えは出ませんね。
心穏やかになる時期がいつかは来るはずと思って乗り越えていきたいと思います。

拍手[4回]

11月だ。
季節の流れが本当にあっという間でビックリする。
と言うより、ビックリしている暇もないくらい、薙ぎ倒さんばかりの勢いで過ぎて行く。

今夜は友人の結婚式の二次会に参加してきた。
その友人は以前お付き合いしていた人を不幸にも亡くした経験もあり悲しみに沈んだこともあったが、
今夜の笑顔は素晴らしくキラキラしていて本当に素敵だった。
幸せのお裾分けを頂いたと思う。

今日は以前ここの日記にも書いた、妊婦となった友人も一緒に参加した。
体調もよいようで何よりだった。
現在、私の周囲の人間で、私の知る限りではその彼女以外にも他に二人、妊婦がいる。
女30代、しばらくはどこまで行ってもベビーブームだ。
今のこの時間こそ早く過ぎて行ってほしい。
めでたいし、喜ばしいと思うものの、立て続けでは少しばかり心は軋むのだ。

ここ最近、自分の来し方をしみじみと考える。

妊娠したくて、妊活&不妊治療に専念したくて仕事を辞めた。
でも子どもは私のもとには来てくれなかった。
優しい夫に守られて、日々を過ごしているが、私と言う人間は何も残せていない。
働くママを応援する、という世間の流れは当然だけど、私は働くママどころか、何にもなれなくて、誰に応援されるでもなく、これからも生きていかなくてはならない。
夫のために生きるというには夫も私もまだ若く、その音の響きは軽々しいように思う。
ひとまずは夫のためと言えば夫のためだが、健康に留意しつつ、目の前の生活をこなすための経済的なアレコレに不自由な
く生きられるように何かを始めなければ。

誰か他人に認めてもらわなければ生きていかれない、なんてことはないけれど、承認欲求というやっかいなものはそれなりに抱え込んでいる。
私は何も面白味もない人間なのだ。
何もない。
いや、そんなことはない。それは夫にも失礼だ。
でも、一体何があるのか?
そんなことを繰り返し思う。

幸福な気持ちで帰宅したはずが、何だか色々考えてしまった。
大きな美しい光を見たせいで、自分の後ろにできた影をじっくり見つめることになってしまったかのようである。
影は切り離せない。
致し方なし。

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負けず嫌いな子供だった。

運動が得意な子供ではなかったので、運動会は嫌いだった。
特に徒競走は苦痛で一番遅いグループの中で、さらに一番遅かった。
悔しくて涙ぐんだこともたくさんある。
じゃあ、早く走れるようになるために何をしたかというと、何もしなかった。
私は負けず嫌いではあったけれど、誰よりも早く走りたいとか一番になりたいとか
そう言う風に思ったことはなかった。
徒競走でビリから2番目になれれば、それでよかった。
早く走るための努力を、私以外のみんながやっているようには見えなかったから
「何の努力もしていないのはみんな同じ、それなのになぜ私は一番遅いの?」
という悔しさを感じて涙ぐんでいたのだった。
要するに、私は「一番最後になりたくないだけ」なのだった。
一人だけ取り残されてしまったり、一人だけ仲間外れにされたくない。

そういう子供だったのだ。

今だったら、「何を言っているのだ」と自分を張り倒す勢いである。
他力本願が過ぎるし、みんな何かしら運動とかしてたんだろうと想像がつく。
しかしながら、そういう面はいまだに自分の心に色濃く残っているという実感はある。
三つ子の魂なんとやら…だ。

先日、前の職場の友人から電話がかかってきた。

同い年の彼女は私ととても仲良くしてくれて、一緒に呑みに行ったりもたくさんした。
私が仕事を辞めた後も交流は続いている。
その彼女が妊娠したというのだった。
彼女は結婚当初はあまり子供は欲しいとは思わなかったが、
周囲の影響などもあり「うちもがんばってみよう」という話を聞いたこともある。
そして、彼女もすぐには結果が出なかったというのもあり
自分の弟夫婦が自分たちよりも先に妊娠出産ということになった時は
「自分の親の初孫は自分が産みたい気持ちがあった」と涙していたこともある。
私が不妊治療をしていたことも彼女には話してあった。
どうも少し難しい妊娠らしく、ゆくゆくは子宮口を縛る手術を受けるかもしれないそうだ。
職場の上司には伝えてあったが、他の人にこれから話をすることになるそうなので
変な形で私に伝わらないように配慮して、わざわざ私に電話をくれたのだった。

なんだか、大変な時にそんな配慮までしてくれて、逆に涙が出てしまった。
もちろん、電話口では泣かないが…。
むしろ電話口ではすぐに心から「おめでとう!!!!!」と反射的に口に出せたので
それが自分の本心だと実感できて本当によかった、とも思う。
無事に出産まで行きますように!と心から願うばかりだ。

でも、この日記では少し正直な私が出てしまうのをお許しいただきたい。
また一人、取り残されてしまった。
私だけ、子供ができなかった。
そう思ってしまう自分がいる。
友人の妊娠を寿ぐ大人の自分と、少し離れた場所でうつむいて涙ぐむ子供の私。

でも、大人の私は子供の私を慰める。

きっと友人は私に電話するのが勇気が要ったと思う。
逆の立場だったら、なんて言おうかとかどんな風な反応されるかな…とか
すごい緊張したに違いない。
弟夫婦の妊娠が発覚してショックを受けていた時にはこんな風に話してくれた。
「でも、もし、あなたが妊娠できたらすごくうれしいと思う」
私を思いやってくれたその友人の妊娠を喜べないはずがない。
子供がいるとかいないとか関係なく、彼女とは仲良くしていけると思いたい。

私はもう「負けず嫌いの子供」ではなく、「今の自分を謳歌する大人」だ。
友人に、心からの祝福を。

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拍手コメントへの返信
9月19日にコメントをくださったかえで様
ご無沙汰しております。同僚の方のご病気、それはショックですね。
決して他人事ではありませんし、セカンドオピニオンが重要だと実感させられますね…。
私も子供を授かれなかったことについては
「こういう運命だったのだ」とか「そういう人生なのだ」とか思ったりします。
お互い、これからより楽しい運命に導かれるといいですね!

拍手[9回]

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