忍者ブログ
積極的な不妊治療を辞めた後の心の整理。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

昨日の続きのような内容で。

今朝、夫経由でまたもや知り合いの妊娠報告。

今の自分の精神状態では「正直聞きたくなかったなぁ」が本音である。
いずれは知ることになるのかもしれないけど、気持ちが落ちている時に追い打ちをかけたくはなかった。
めでたいねぇ、と口に出して言ったのは本当の気持ちではあるけれど、
改めて「なんでうちには赤ちゃんが来なかったのかねぇ」と心の中で思う。
色々とモヤモヤした気持ちや夫自身はそういう報告を受けてどんな思いなのか知りたくて
夫に話をぶつけてみようかとも思ったが
これから仕事にいくのに涙腺が決壊しそうな気がしたからグッと飲み込んだ。

子供が欲しかったけどできなかった、そして今でも欲しいという気持ちは消えてないというのは
私の心にある影というか、傷のようなもので、
それはまだ生々しく横たわり、かさぶたになろうとする気配が見えない。
もしくは、かさぶたになりかけた所を自分でかきむしってしまっているのかもしれない。
自問自答したって、答えは出ないし、欲しい結果にはならない。

少し前にテレビで、60歳位の女性で、手に職をつけてご活躍されている方を見た。
その方はご自分のお母様と暮らしていて、ご主人は単身赴任で月に1度帰ってくるということらしい。
お子さんはいらっしゃらなくて、
「子供大好きなんで欲しかったんですけど、できなかったんです」
と涙を流された。
お仕事も充実されていて、たまにしか会えないご主人のことが大好きで、天真爛漫な明るい雰囲気の方でも
やはり、そこは涙なしでは語れないのか…、と思った。
ましてや60歳になってまでも…とは自分の将来を見ているかのようだ。
傷はいつまでも生々しいままなのだろう。

自分以外の人々が、それぞれの立場で葛藤をしていない訳がなく、
その葛藤を立場が違うからと心の底から理解できない以上、自分のことを他人に理解してもらおうというのも無理な話なので、
みんながみんな、色々考えて、いつでも心が晴れて前向きな人などいない、と考える。

私は私で、今日もがんばるしかない。

まとまってない文章だが、少しすっきりした。

拍手[9回]

PR
春めいてきた。

季節は流れる。
自分は変わらずにいるつもりだけど、
鏡を見ればそれ相応に年を重ねた女性の顔があり、
いつまでも若いつもりでもいられない。
夫もひとつ年をとり、これからも二人で年老いていくのだろう。

友人に二人目の子供が生まれ、また別の友人はもうすぐ出産。

友人たちや赤ちゃんに会いたいけど、会いたくないという相反する気持ちが、今は、少し芽生えている。
「今は」と書いたのは、多分この気持ちは一時的なものだろうと思うからだ。
春の息吹がそこかしこで溢れだし、妙に気持ちをソワソワさせるのだ。

子供がいるいないで、ライフスタイルは全く違う。
話題も違う。
数年前まではみんな子供がいなかったけど、今は私だけ子供がいない。
話についていけない。
会っても楽しくないかもしれない。

そんな思いが湧いてくる。

「みんな」って誰?という話だが、正確には「みんな」は「みんな」ではない。
色んな友人がいる。
子供がいる友人だけではないのだ。
だから、違う「みんな」と会えばいいだけの話なのだが、「みんな」の仲間に入りたかったのに、入れなかった自分が悲しいのだ。

彼女たちには私の気持ちは一生わからないし、私も彼女達が知る子供がいることの喜びや苦労を一生知ることはない。
そんなつもりはなかったのに、彼女達との間には大きくて流れの速い川が横たわっていた。
川を埋めることはもうできないが、小さな橋を渡したり、小舟で行き来したりすることはできるだろうか?

今は、本当に今は、ちょっと気持ちが落ちている。

拍手[4回]

ご無沙汰しております。
12月から新しくバイトを始めたこともあり、
忙しさにかまけてブログからすっかり遠のいていました。

ブログを書きたいと思うことは
日常生活では口に出せない何かが溜まっている…ということなので
ブログを書かずにいたことは、精神衛生上は穏やかな毎日を過ごしていたのではないか、
と思ったりもするのだが、まぁ、そうでもなかったり(笑)。
その間も、友人知人の妊娠出産報告は引き続き降り注ぎ、小さなさざ波が起きてたりはした。

前回のブログで、亡くなった知人の話を書いた。
それに加えて、先に逝くのと残されるのとどっちがいいとかわからんなぁ…とも書いた。
それが、「やっぱり私、残されよう」と思うことが起きた。

先日、義父が救急車で運ばれた。

とは言っても、突発的にバタンと倒れたとかそういうのではない。
義父が普通に過ごしていたところ、急に視野が狭くなった、という。
深夜の出来事で、普通の医者はすでに閉まっている状況。
そこで、「これって救急車とか呼んだ方がいいんだろうか」的な相談窓口へ連絡をし、
「すぐに呼んでください」との指示があり、救急車を呼んだ。
運ばれた先では「今日は検査できないので、明日出直してきてください」と言われ、
その夜のうちにタクシーで帰宅した。
翌日、改めて病院へ行き、検査。
その後も別の検査のために紹介状を書いてもらって別の病院へ通ったりしている。
年齢が年齢なので「完全に大丈夫です、なんでもありません」という状態ではないものの、
今日も普通に日常生活を送っている。

それでも義父が救急車で運ばれた夜から翌日に掛けて、夫の動揺がすごかった。

パッと見は落ち着いているのだけれど、どうやら頭が混乱しているらしく
自分がやらないといけない事とかが整理できなくて「キーってなってる」と言っていた。
義父の体調に関しては、ちょっとの異変を察して迅速に動けているのだし、
私たちがバタバタしても仕方ないのだから、なんて思って私はだいぶ冷静だった。
もちろん、自分の親が具合が悪いのだから、動揺して当たり前ではあるのだが、
普段の言動から親とは割とクールな距離感を持っていた夫なので「意外」の一言に尽きた。

私ともよく冗談めかして
「よく、妻に先立たれた夫は早く死んじゃうとか言うけど、うちは全然大丈夫だね」
なんて言いあってたりしたのだが、私が死んだら、意外と夫も弱っちゃうかもしれない。
父親と妻ではまた違うのかもしれないけど、結構堪えるものかもしれない。
これは心配だ。

そんな訳で、私はなるべく先に逝かないようにして夫を看取ることに決めました。

決めるのは勝手だが、私が元気に長生きしないことにはお話にならないので、
マメに検診を受けたり、運動したりして、健康に努めたいと思った2017年1月でした。
もちろん、夫を看取るのも、だいぶだいぶ遠い先の未来であることを願って。

>>>>>
拍手コメントへのお礼
12月5日にコメントをくださったOS様
お礼が遅くなりまして、申し訳ありません。コメントありがとうございます。
私もこちらのブログを始め、OS様のようにコメントを残してくださるのを拝見すると、
同じような方がたくさんいらっしゃるのだなぁと実感し、励まされています。
今ぐらいの年齢だと、周囲には子育て中の人やバリバリ仕事をしている人と様々ですので
どうしても他人と自分を比べて、気分が沈みがちになりますが、
自分の置かれている環境がいかに幸せなのかをかみしめつつ、
今できることをコツコツこなしていきたいですね。

拍手[5回]

以前働いていた会社でお世話になった方が亡くなって一年経った。

その方は仮にNさんとしておく。
年齢は私よりだいぶ上。亡くなった時は確か60歳だったかと思う。
Nさんはご主人と二人暮らし。
お子さんはいない。
亡くなった時は、親御さんも同居して介護をしていたと聞いた。
お通夜の席でNさんが学生時代に写真部だったことを知った。
Nさんのご主人が
「もう少し落ち着いたら写真をまた始めたいみたいなことを言ってたんだよねぇ」
と仰っていた。
Nさんは脳梗塞で亡くなった。
ご存命であれば、これからご主人と旅行したり
そこで好きな写真を撮ったりして、楽しい余生が待っていたはずだが、
残念なことにそれは叶わなかった。

そのお二人は子供ができなかったのか作らなかったのかは存じ上げないのだが、
私たち夫婦のいくつかある未来の可能性のうちの一つではないかと思う。
どちらかが先に死ねば、当然、どちらかが一人残される。
その一人残される日の訪れるのが、早いのか遅いのか。
いつとも知れぬその日だが、なるべく遅く来てくれるのが望ましい。
一人残されるのも寂しいことだが、一人残して逝くのも心残りがある。
二人で健康で長生きできるのにこしたことはない。

先日、また子宮の検診へ行って来て、検査結果が出るのが二週間後。
中等度異形成がどうなっているのか…。
悪くなっていないことを祈るばかり。

>>>>>
拍手コメントへのお礼
11月6日にコメントをくださったかえで様
芸能人の妊娠の話題は毎日のように見かけますよね^^;
妊娠するのってこんなに簡単なんだっけ?って錯覚してしまいますね…。
お仕事に関しては難しいところですね…。
私も来年からパートを始めようと思っていますが、人間関係ばっかりは
入ってみないとわからないですから不安でいっぱいです。

11月22日にコメントをくださったえづ様
コメントありがとうございます。
拙いブログですが、お読みくださって重ねてお礼申し上げます。
お辛い心中、お察しいたします。
妊娠して子供を産んでいる友人と、自分とを決定的に分けるものは何なのかと
何度も何度も考えますが、明確な答えは出ませんね。
心穏やかになる時期がいつかは来るはずと思って乗り越えていきたいと思います。

拍手[4回]

11月だ。
季節の流れが本当にあっという間でビックリする。
と言うより、ビックリしている暇もないくらい、薙ぎ倒さんばかりの勢いで過ぎて行く。

今夜は友人の結婚式の二次会に参加してきた。
その友人は以前お付き合いしていた人を不幸にも亡くした経験もあり悲しみに沈んだこともあったが、
今夜の笑顔は素晴らしくキラキラしていて本当に素敵だった。
幸せのお裾分けを頂いたと思う。

今日は以前ここの日記にも書いた、妊婦となった友人も一緒に参加した。
体調もよいようで何よりだった。
現在、私の周囲の人間で、私の知る限りではその彼女以外にも他に二人、妊婦がいる。
女30代、しばらくはどこまで行ってもベビーブームだ。
今のこの時間こそ早く過ぎて行ってほしい。
めでたいし、喜ばしいと思うものの、立て続けでは少しばかり心は軋むのだ。

ここ最近、自分の来し方をしみじみと考える。

妊娠したくて、妊活&不妊治療に専念したくて仕事を辞めた。
でも子どもは私のもとには来てくれなかった。
優しい夫に守られて、日々を過ごしているが、私と言う人間は何も残せていない。
働くママを応援する、という世間の流れは当然だけど、私は働くママどころか、何にもなれなくて、誰に応援されるでもなく、これからも生きていかなくてはならない。
夫のために生きるというには夫も私もまだ若く、その音の響きは軽々しいように思う。
ひとまずは夫のためと言えば夫のためだが、健康に留意しつつ、目の前の生活をこなすための経済的なアレコレに不自由な
く生きられるように何かを始めなければ。

誰か他人に認めてもらわなければ生きていかれない、なんてことはないけれど、承認欲求というやっかいなものはそれなりに抱え込んでいる。
私は何も面白味もない人間なのだ。
何もない。
いや、そんなことはない。それは夫にも失礼だ。
でも、一体何があるのか?
そんなことを繰り返し思う。

幸福な気持ちで帰宅したはずが、何だか色々考えてしまった。
大きな美しい光を見たせいで、自分の後ろにできた影をじっくり見つめることになってしまったかのようである。
影は切り離せない。
致し方なし。

拍手[7回]

前のページ 次のページ
photo by 七ツ森  /  material by 素材のかけら
忍者ブログ [PR]
プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
生年:1979年(昭和54年)
夫:4つ上
住居:東京都
忍者カウンター
ブログ村